台湾の檳榔染め

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台湾の檳榔染め

台湾・台南芸術大学の修士課程に在籍し 染色作品を制作している山中彩が、台湾で用いられている染色技術や素材について、工房に足を運んだり、文献を調べたり、実際に自分で手を動かしてみて知ったこと・考えたことについてレポートしていくシリーズです。

檳榔の実(檳榔子)

檳榔ってなに?

檳榔(学名:Areca cate chu Linn)は、太平洋・アジアおよび東アフリカの一部で見られるヤシ科の植物のことを指します。

国道線沿いをバイクで走っていると、おそらく運送業などの長距離を走るトラックの運転手が走行中に吐き捨てたと思われる檳榔の実を道路上でよく見かけます。

染料にもなる檳榔の実は、台湾では一般に「噛みタバコ」に似た使われ方をします。

檳榔子を噛む習慣は、若い人には敬遠される傾向にあるようですが、現在でも街中には多くの檳榔専門店が見られます。

檳榔専門店で売られる檳榔は、檳榔子を細く切ったもの、あるいはすり潰したものを、キンマ(コショウ科の植物)の葉にくるみ、少量の石灰と一緒に噛みます。梅砂糖や、ドライフルーツの実を挟んだり、店によって色々と味付けが工夫されているようです。

台灣檳榔到底要怎麼吃 ?
台湾のyoutuber星培(Jasper)による檳榔の紹介動画

檳榔を食べてみると

檳榔を噛むと軽い興奮・酩酊感が得られます。噛み砕いていくと始めは苦く、渋みのある味ですが段々と甘みが出てきて、そのうちに首の付け根あたりから身体全体が発熱してくるような感覚を覚え、ハイになったような気分になります。

著者は2回ほど食べましたが、初心者には苦く、渋みが強いので、進んで食べたいとは思いません。。

噛み砕いていく段階で唾液が多く出るので、コップなどと一緒に渡されることもあります。南部や東部では、タクシーに乗ると運転席の間に檳榔を噛んだ後に唾液と一緒に吐き出したコップが置かれているのを見かけることがあります。

道路に吐き捨てられた檳榔の様子

檳榔の成分と、覚醒作用を促進するために挟まれる石灰の成分が反応し、血反吐を吐いたように赤い唾液が出ます。台湾にきて初めの頃は、道路上に吐き出された檳榔のシミを血痕か何かだと思って、びっくりしたことがあります。

染料となる檳榔の実を得る

檳榔の樹は少し山間部に行くとどこでも生えていて、一月頃になると熟した檳榔の実が地面に落ちているので、山に行って拾ってきて、それらを染料として用いることもできます。

著者はたまたま檳榔専門店のお姉さんと知り合いになる機会があり、檳榔が染料になることを伝えたところ、廃棄となる檳榔の実を分けてもらえるようになりました。檳榔は熟しているものが好ましいので、むしろ廃棄となるような少し腐りかけのものが有難いのです。

ちなみに街中の漢方屋さんや、染料店では乾燥した檳榔子を手に入れることができます。

台湾の染料店 天染工房で購入した乾燥した檳榔子

粉砕したのち、染液を煮出す

さて、檳榔店から頂いて持ち帰った檳榔を、袋に入れて棒などで叩いて潰します。染料となる成分は主に実の核の部分に含まれるため、打ち砕いて抽出しやすくします。包丁などで半分に切っても良いです。

染色作業

粉砕作業が終わると、鍋に檳榔を入れて、実がひたひたに浸かるくらいまで水を入れ、煮込みます。煮込んでしばらくすると、独特の甘い香りが立ちこめてきます。

40分ほど煮込んで染液を抽出し、ざるで濾す工程を3回ほど繰り返し、それらを合わせた染液に、染色する布をゆっくり投入します。だまにならないようにかき混ぜながら、30分ほど火にかけて煮込みます。

その後、媒染作業をします。個人的にはよく石灰の上澄み液を用いて媒染します。媒染後、再び染液に浸すとよりしっかり固着されます。

染料を煮出している工程
布は染めムラにならないように、常に繰る作業を繰り返す。
石灰で媒染する

日本における檳榔染め

ここで、日本と台湾における檳榔染めのお話を少し。

檳榔子染はその実を染料として染めた黒褐色をいう。別名、「檳榔子黒」。 『手鑑模様節用』のくろの色譜に「上品をびんらうじそめといふ。下たそめあさぎなるを吉岡染といふ」と記されている。檳榔子染の染法は「萬寶鄙事記 』(宝永二/一七○五)に「梹榔子染。黒色也。どろ染に粗(ほぼ)同じく、どろ染よりつよくて久しくやぶれず梹榔子六匁、石榴皮六匁五分、五倍子十八匁、先下地を藍にてそら色に染、右の三種を刻み、水七升五合程入れ、五六升ばかりにせんじ、四五へん染て、そめあげを砥水に一夜ひたし、明朝取りあげ、なる程よくすすぎて干すなり。此法どろぞめにまされり」

「日本の伝統色 – その色名と色調 – 」 長崎盛輝 著 青幻舎

個人的興味深く思ったことは、どろ染めと並べて主に黒を染める際に用いられていること、しかも上品な黒として認識されていて、下染めに藍などを用いること・・。日本にいた頃は檳榔というものに親しみがなかったこともあり、日本でもこんなに古くから、藍染めと併用したりなど工夫されながら用いられてきたことに驚きました。この箇所の続きには、檳榔は古くから薬用として用いられ、日本へは奈良時代に輸入されたとあります。しかし染料として用いられ始めた時期は定かではないとのこと。

台湾における檳榔染め

岡本吉右衛門著「台湾の蕃布(下巻)」

別記事(台湾の紅露(クール)染めのこと)でも載せているように、私が台湾の原住民の染色について気になり出し調べ始めた頃によく参考にしていたのは岡本吉右衛門さんの台湾の蕃布という本でした。ここには檳榔の記載はありませんでしたが、その後台東のパイワン族の方と交流する中で、原住民の植物染料の中に檳榔が入っていたことがわかりました。

原染撒喇蜜SaLaMiz ウェブサイトより

この画像は、昨年よく交流をしていたパイワン族の皮職人(拉日革安)が、この中で福木、サルスベリ(九芎)、欅木(ケヤキ)、檳榔ならうちの裏山にあるよ!と見せてくれたもの。彼らとはその後、檳榔ではなくサルスベリを用いて一緒に染めものをすることになります。

そのほか参考にした書籍 台湾原住民服飾図録「不褪的光澤」には、檳榔の実を染料として扱う記載がありますが、パイワン族が黄色を染める際に用いたとあります。(個人的には檳榔で黄色を染めるという点には疑問が残りました。)

台湾原住民と檳榔に関してネットで検索してみると、アミ族の文化を見直す試みのひとつとして現地の植物染めの調査が行われおり、檳榔を染料として調査・実践した報告書や、檳榔を用いた染色ワークショップがなされている様子が出てきます。

「穿上彩虹衣‧阿美族植物」研究報告

阿美族用草木灰進行植物染 傅麗玉、楊惠媖

檳榔染めDIYの様子 – 檳榔好顏色

余談ですが、台湾原住民の檳榔袋(檳榔や煙草、小刀などを入れる小さいポーチのようなもの)が可愛いよねという話をパイワン族の皮職人(拉日革安)の友人にすると、こういう(画像左のようなもの)は平埔族やプユマ族、アミ族のもので、部族によって全然違うんだという話をしてくれました。考えてみればそうだと思うのですが、この小さな島の中に様々な文化が密接していることを改めて感じました。

大武壠族繡花佩袋 看見小林
パイワン族(拉日革安)制作

檳榔染めの作品

檳榔を染料として、実際に染めたものをご紹介します。

日本の文献には檳榔は古来から主に黒を染めるのに用いられてきたとありましたが、私は檳榔の薄いピンク色の色味が好きだなと思ったので、石灰で元々の檳榔の色味の発色を良くする方法をとっています。

台湾人の服装設計師のパートナー 沃怡伶wa.textileというブランドを手がけています。今回は、檳榔で染めた商品を完成した染めの様子として紹介します。

ストールの布地は、ラオスの織物工房から直接取り寄せられた洋 嘎 Y O U N G A のものです。

檳榔染め手紬綿ストール
檳榔染めシルクストール
柿渋+檳榔染め紬綿ストール

台湾にはまだまだ豊富な天然染色の資源があるので、これからも研究と実践の制作を行なっていきたいです。

数ある天然染料の中でも、著者が特に檳榔染めに魅力を感じている理由は、やはり「噛みタバコ」として親しまれてきた背景が面白いなと思うからです。「あの檳榔から、こんな色がでるのか」という素朴な発見から、日々の生活の中に新しい好奇心が生み出されていくと良いな、と思っています。

 <過去記事紹介> 台湾の柿渋染め台湾のクール染めに関する記事もどうぞ。

参考書籍

「大地之華 -台灣天然染料事典-」 陳景林 ・馬毓秀 著

「台湾原住民服飾図録 –不褪的光澤」國立自然科學博物館

「日本の伝統色 – その色名と色調 – 」 長崎盛輝 著 青幻舎

「台湾の蕃布(下巻)」岡本吉右衛門 著

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山中彩

山中彩
染色作家 .  工芸/染色作品の制作を通して、現代の日常の暮らしの中に息づくものづくりのあり方を考えている。韓国と日本にルーツを持ち、現在は台湾で暮らしている。アジア各地へ旅をする中で、土地の環境と文化に由来する染料や技法に興味を持つようになる。ReASIAを通しては、芭蕉布に関するプロジェクトや天然染料のリサーチ記事を執筆する。2017年金沢美術工芸大学工芸科染織専攻卒業。
国立台南芸術大学応用芸術学科繊維専攻に在籍中。京都府出身。

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